ポケベルが鳴りまくってる

ツイッターでポケベルの話題が出ていたので、思い出しながら当時のポケベル文化を書いてみようと思う。ポケベルが流行ったのは1996年までらしく、ポケベルの流行の2~3年後にはPHSと携帯が爆発的に普及して、付属メール機能のおかげで、ポケベルが急激に廃れていった。おそくらポケベルを体感したのは20代後半から30後半ぐらいの世代で、非常に局地的な世代のブームだったのかなと改めて思う。

私の場合でいえば、中学生の頃にポケベルを持っている友達はクラスにいるかいないかだったけど、高校時代に流行りだして、高校3年の時にはクラスのほとんどが持っていた。だけども、大学に入学するとみんなPHSなんかに切り替えていった。私にとっては高校時代の思い出の1つがポケベルなんだろう。ここでは、あらためて基本的な機能などをレクチャーしたい。

・ポケベルの基本的な機能

関西では「関西テレメッセージ」と「NTTドコモ」の2社が提供していて、送れる文字数は20文字以下とか15文字以下とかそういうレベルの非常に少ないもので、なによりもメールのように日本語を送ることができなかった。後期にはカタカナを送れる機種も登場したが、基本は「数字」を送る。着信音も後期のはメロディーがあったが、初期型は非常に味気ない感じの音だった。

誰かベルを持っている人に連絡をしたい場合、例えば私がペチョーリンに連絡をつけたい場合には、ペチョーリンのベル番を打って、私がいる場所の電話番号を打ち込む。私がヒゲロングさんの自宅にいた場合には、ペチョーリンのベルにヒゲさんの家の電話番号「0335003333」とか打つ。すると、それを見たペチョーリンが電話をかける。私は他人の家の電話の前で待ち構えたり、取り次いでもらったりして電話に出ることで、コミュニケーションがとれるという回りくどい仕組みだ。他人の家だとヒゲさんのお母さんに先に電話に出られてしまったりすることもあった。

ベルを受け取ったほうも見知らぬ電話番号で、見知らぬ人が出た場合には「あのー ベル鳴ったんですけども…」と伝えないといけない。ベルに気がつかず、数時間後に電話するとベルを打った本人がその場にいなくなってしまって、なんかよくわからない事態になったりもした。このおかげか家に電話する機会が多く、他人の電話番号をよく覚えていた。今でも何人かの自宅の電話番号を覚えている。

付属でアラーム機能もあったりしたので、めざましがわりにも使えたすぐれものだ。初期はバイブ機能すらなくってサイレントモードにしておくと、ランプが光った。

・メールと違って誰から送られてきたのかわからない

基本的にベルは誰から送られてきたのかわからない。公衆電話からも送れるし家庭用の電話からも送れるが、そのメッセージ事態に発信元の情報があるわけではない。普通はメッセージの最後に自分の名前を数字で入れたりする。

03-3333-2222 72

724なら「ナツ」とか、名前の語呂合わせを仲間内で共有していた。私の本名は語呂合わせしにくいので、誕生日の88で打っていた。メッセージの最後に「88」があれば、私からのメッセージだとわかる仕組みだ。

・語呂合わせ

ポケベルの文化として取り上げられるのが数字による語呂合わせメッセージだろう。数字をうまいこと組み合わせてメッセージを作るんだけど、打った本人しかわからないメッセージや、理不尽な語呂合わせなど解読を必要とするものが多々あった。724106でナニシテルや14106でアイシテルなどはシンプルでわかりやすいんだけど「11 2 708 51(スペースが入力可能だったはず)」は「11時に難波に来い」ってメッセージだけども、これでもまだ理解しやすいほうだとは思う。

今よりも行動が制限された時代なので、待ち合わせ場所や集合場所がけっこう重要な要素だったように思う。待ち合わせでうまく落ち合えないと、相手に探してもらうか、こちらが探すしかない。携帯で「いま、どこよ?」って簡単に聞く時代ではなかったから、会えないケースも少なからずあった気がする。ポケベルが初のリアルタイム機器だったので、ずいぶんと「会えない」というケースが減ったと思うけど、今よりもずっと待ち合わせやスケジュール管理、後から追いかけて合流するってケースに敏感だった気がする。「10516」ドコイル?ってメッセージは、関西では10506 ドコオル?で関西弁になってしまうけど、そんなメッセージを待ち合わせ場所近くの公衆電話から頻繁に送信していた。

【CM 1993】NTT DoCoMo ポケベル ♪DEEN 30秒×2

まさに、こんなCMの感じだった。

思い出としてよく語られるこの語呂合わせメッセージだけど、印象に残っているわりには、このメッセージがやりとりされたのは本当に2,3年もないような短い期間だったと思う。ポケベル自体が実稼働5年ぐらいで、そのうち数字しか送れないのは初期のタイプはさらに限定された期間だ。

・カタカナ送れる機種

後期にはカタカナや定型文を送れる機種が登場する。それでも合計14文字とかで今のメールから比べ物にならない短いものだ。 着信音やデザインも若者向けになって、ちょっとした流行のアイテムになった。今の携帯の機種選びぐらいの感覚で、デザインや内蔵の着信音などで機種を選ぶ。わりと「内蔵の着信メロディーにどんな曲があるのか?」ってのは、機種選びの重要な要素でもあったように記憶している。

カタカナを送る時は(会社によって違うけど)まず*2*2をプッシュ、そこから ア11 イ12 ウ13 カ21 キ22といった感じで、頭の中で考えたり紙を見ながら打ち込んでいく。ゲームセンターには、このポケベルの入力スピードを競うゲームもあった。いまでいう、iphoneのフリック入力みたいなポジションで、早い女の子とか凄まじいスピードでポケベルを入力していた。

定型文は機種によって決められていたりして*4*4か何かを入力した後に指定の番号10などを入力すると「オハヨー!!」とかが自動的に表示される。オリジナルの定型文を入力したりもできた。相手の機種の定型文が何かは基本的には知らないと打てない。そこでメッセージカードのようなものに、自分のベル番と定型文などを書いたものを、まめな女の子とかは配っていたし、私も何枚かもらった記憶がある。それを見ながら打ち込む。

・まとめ

youtubeで見つけた動画だけど、こんな感じのリアルなもんだ。
http://www.youtube.com/watch?v=BIWfOGF9YII&feature=related
たぶん中期ぐらいの型で、後期のやつはもっとデザインが洗練されていた。

月額は3000円しなかったと思うけど、はっきり覚えてない。2000円ぐらいだったかな。携帯やPHSに比べて電波が非常に強いのがポケベルの強みでもあった。

前時代的な器具で今のメールからすると不便だけど、打ち込んでいるのは人だし、コミュニケーションの本質はかわらない。ペチョーリンも書いていたけど、クソ暑い夏のサウナみたいな公衆電話の中で好きな女の子にベルを打ったり、その返事をまったりして、公衆電話を独占している風景はよくあった。今よりも公衆電話が活躍していた時代だったし、テレフォンカードも活発だった。このへんの話はみなさんエピソードあるかもしれないし、本質が変らないのは、平安時代の和歌を詠んでいた頃からずっと同じかもしれない。

写メや絵文字で彩られたメッセージでも、14106の味気ないメッセージも、表面の記号だとも思うし、受け取った側の喜びも受け取らなかった人のつらさも、何も変わっちゃいないんだろう。リアルタイム機器の登場という意味で、ポケベルが一番画期的だったように私は思う。

実家の近くにまだ電話ボックスがあるんだけど、今日ひさしぶりに入ってみた。車で拾ってもらう待ち合わせをしていた時間つぶしだったけど、カチャカチャとダイヤルを押してみた。一番よく電話をした人の自宅の電話番号は今でもよく憶えている。けど、本人はもうその家にはいないし、名前も変わってしまっている。変らないのは私と電話ボックスだけで、時間は過ぎていくもんだ。

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